理論的には、胴体部分の安定性を増すことでパフォーマンスを向上させ障害を予防できると言われています。様々なメディアでも取り上げられ、実際に取り組んでいらっしゃる方も多いと思います。筋トレに関するセミナーを開催すると私もよく質問を受けます。
曰く「〇〇をやっているのですが、他に良い種目ありますか」「△△を60秒3セットやっているのですけど、負荷を増すにはどうすれば良いですか」等々です。必ずと言って良いほど方法論についての質問です。
そういった質問に対して私は「何のためにやっているのですか?」と理由を問います。大体において「ペダリングのロスを無くすため」とか「踏み負けないため」といった答えが返ってきます。
本日のテーマはここです。ペダリングのロスを無くすとか踏み負けないためには、いわゆる体幹トレーニングを行うのが合理的な選択なのかどうかについて考察してみたいと思います。
技術やポジションの問題ではないの?
サドル上で骨盤がクルクル回っているような動きをする方や、体をくねらせるような動きをする方をよく見かけます。
体幹が安定しないからそれを支えるための胴体部分を鍛えるというのは選択肢の一つとしてありだとは思います。しかし、胴体部分を支える筋力が足りないからそれが起きているとは限りません。
例えば、脱力が遅く下死点でも踏み込んでいれば、それ以上、下に行かない訳ですから反力で体が反対方向にズラされるかもしれません。
他にも、サドルが高過ぎれば下死点で足が伸び切ってしまい、それを補うために骨盤を傾ける動きをするかもしれませんし、低過ぎれば上死点で膝が上手く抜けてくれない分を補うために骨盤を反対側に傾けるという事も考えられます。膝を左右にズラして補うという方法もあるでしょう。
技術やポジションに問題があるならば、胴体部分の筋力を向上させたところで問題の解決にはならないでしょう。力で無理やり抑え込むことは可能かもしれませんが、ロスを無くすという目的は達成できないだろうと思われます。
従って、「ペダリングのロスを無くす」とか「踏み負けないため」という目的のために体幹トレーニングを導入するという選択には、前提として技術やポジションの問題では無いという検証をする必要があります。
胴体部分の筋力向上に体幹トレーニングは有効なの?
技術やポジションに問題が無いことが分かり筋力等の問題であると判明したならば、次はそのエクササイズが適切なのかを考える必要があります。体幹トレーニングが有効かどうか判断するのに一助になるであろう研究をHamlynが報告しております。
概要
・ウェイトトレーニングとスイスボールを利用した体幹トレーニングの経験のある16人の被験者(男女8名ずつ)
・下腹部(lower abdominals)、外腹斜筋(external obliques)、棘筋?(upper lumbar erector spinae)、最長筋?(lumbar-sacral erector spinae)を筋電図で活動量を測定した
・80%RMスクワット、80%RMデッドリフト、自重スクワット、自重デッドリフト、スイスボールを利用したスーパーマン、スイスボールを利用したサイドブリッジを実施した
結果
・lumbar-sacral erector spinaeの活動量において、80%RMスクワットは自重スクワットに対して56%、自重デッドリフトに対して56.6%、サイドブリッジに対して53.1%、スーパーマンに対して65.5%高かった。
・upper lumbar erector spinaeの活動量において、80%RMデッドリフトは自重スクワットに対して66.7%、自重デッドリフトに対して65.5%、スーパーマンに対して69.3%、サイドブリッジに対して68.6%高かった。
・下腹部、外腹斜筋に関しては各エクササイズに有意差が存在しなかった
上記の研究によると、脊柱の屈曲や回旋にはどれも有意差は無さそうです。それに対して、脊柱の進展に関してはウェイトを担いだスクワットやデッドリフトの方が有効と言えそうです。
従って、胴体部分の筋力強化という目的のためには必ずしもアイソメトリックな体幹トレーニングを行う必要は無さそうです。むしろ、体幹トレーニングを行うよりも、ウェイトを利用したエクササイズの方が有効のようです。
何より、脊柱に負荷の掛かる多関節エクササイズはその他の筋群の強化にも繋がるので一石二鳥であり合理的と考えます。
そうなると、他を差し置いて体幹トレーニングを選択するには胴体部分の筋力強化以外の理由が必要になります。
競技力の向上に繋がるの?
体幹部分の安定性向上が動きの効率化、パワーの増大に繋がるかStantonが興味深い研究を報告しています。
・22人の高校生アスリートを対象に、週に2回、6週間のスタビリティトレーニングがランニングエコノミーに影響を及ぼすか調査した。
・実験群はバスケットボールとタッチフットボールのスキル練習とランニングベースのコンディショニングに加えて、6週間のスタビリティボールトレーニングを行った。
・コントロール群はスキル練習とコンディショニングのみで、スタビリティボールトレーニングを実施しなかった。
実験群は、コアスタビリティが向上したが(コントロール群は向上無し)、最大酸素摂取量・ランニングエコノミー・トレッドミルテスト中の垂直方向に対する平均体幹角度に何の関連性も見られなかった。
上記は持久的パフォーマンスに関する研究ですが、Nesserは29名のディビジョン1のフットボール選手を対象として、コアスタビリティと筋力/パワーの関連性を検証しました。
(垂直飛び・シャトルラン・20/40ヤードスプリント・ベンチプレス・スクワット・クリーンによって測定)
その結果、相関関係は低から中程度であり一貫していなかった。
その理由として筆者は
・コアテストは持久力を測定するものであるが、筋力とパワーは質が異なる。
・コアの筋力は、筋力およびパワー系のパフォーマンスにおいて小さな役割しか果たさないであろうと考えられる。
と述べています。
まとめ
6つに割れた腹筋を手に入れたいといった直接的な目的があったり、理学療法士の方がリハビリに対して有効というのであれば体幹トレーニングを導入するのは合目的と思われます。
しかし、胴体部分の筋力向上にはアイソメトリックな体幹トレーニングよりも他のエクササイズの方が有効であると考えられます。
そして、胴体部分の安定性は持久的パフォーマンスにも筋力やパワーに関しても、何らかの役割があったとしてもその影響は小さいと言えそうです。
従って、目的がパフォーマンスの向上であるならば、体幹トレーニングを重視するのは得策では無いと思われます。少なくとも、私のようなS&Cコーチやトレーナーと呼ばれる人間が選手に実施させるには科学根拠が乏しいと言わざるを得ません。
競技力の向上を目指すのであれば、何よりも競技練習を最優先する。時間と体力があるならば、競技練習では鍛え切れない部分を補うためにしっかり負荷を掛けたベーシックなストレングストレーニングを追加する。
この二つのサイクルをしっかり回すための回復の時間を確保したうえでさらに余裕があるのならば、いわゆる体幹トレーニングを追加しても良いかなというのが個人的見解です。
ただし、プランクをやるのであれば、大胸筋や上腕三頭筋、前部繊維を中心として三角筋に肩甲骨が内・外転するのでローテーターカフの筋群もまとめて鍛えられる腕立て伏せをやった方が効率良くない?と考えてしまうので、胴体部分の安定性にしか効果の無い体幹トレーニングを組み込む理由が思い浮かばないというのが正直な所です。
勿論、私が勉強不足なだけで明確な根拠があるならば誰が何と言おうとやるべきです。
もしくは時間も体力もやる気も無限にあるならば少しでも可能性のあるものにチャレンジするのもありだと思います。しかし、全て有限なので、有名人がやっているからとかメディアで宣伝しているからという理由で貴重な資源を割り振るのは止めておいた方が良いでしょう。
そもそも、なぜそれをやるのか?
方法論について考えるよりも、このポストが行う理由について考えるきっかけになる事を願っております。
参考文献
Hamlyn N
Trunk Muscle Activation During Dynamic Weight-Training Exercises and Isometric Instability Activities.
J Strength Cond Res.2007 Nov;21(4):1108-12
Stanton R
The effect of short-term Swiss ball training on core stability and running economy.
J Strength Cond Res.2004 Aug;18(3):522-8
Nesser TW
The relationship between core stability and performance in Division I football players.
J Strength Cond Res.2008 Nov;22(6):1750-4